エゾリスの会 非公式ブログ!

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久米林長にきいてみたいこと

noken2013-03-01


もう明日ですが。皆さんご参加ください。

帯広の森づくり協議会勉強会「九州大学北海道演習林に学ぶ」
九州大学北海道演習林林長 久米篤氏
http://www.city.obihiro.hokkaido.jp/gyouji/detail.html?id=11780
2013年03月02日 10:00〜12:00
帯広の森・はぐくーむ
申込先 (定員60名)都市建設部 みどりの課 電話で.。

さてきいてみたいことはいろいろあるのですが、

帯広の森」は、街の縁で、いろいろな人の意思にさらされている。
そこは演習林とは違うとろですね。

帯広の森」の森づくりでは、目指す森の姿の共通理解がすすんでおらず、30数年に渡って最も遅れている作業がその部分だと思う。そしてそれ以前に、共通理解がなぜ必要か、という部分もすすんでいない、「共通理解や学習が無いままの森づくり」に対する問題意識が十分と言えるのか疑問だ。前回の記事で「共有」のレベルも評価対象としたのは、このような意識があったからです。

これをふまえてきいてみたいことは…

その状況で、まず何が必要か… そしてやっちゃダメなこと(おちいってはイケナイ状況)は何か?

ということがききたいです。
私が行けなかったら(行けない可能性も大きい)どなたかきいてください。
これプリントして持っていってくださいw

帯広の森」がなくなるなんてことは無いと思う方も多いだろうけど、
実際には、中央部が運動施設区域になったり、そこは建物が主役だと発言した人もいるし、建物同士が見えないからと言うわけのわからない理由で川の木を切りたいと聴いたのも事実だし、航空法で高木が減ってしまったのも事実だし、森に接する林が突然切られてしまったのも事実だし、管理用通路を造るための打ち合わせも十分とは言えないし、森の性質への理解が足りないまま趣味に合わせた管理になりがちだったり、特定外来植物がぼうぼうだったり… 街の縁にあるこの森が、無くなってもそんなに不思議じゃないのでは?

森がなくならないまでも、中身の無い、格好だけの「帯広の森」相手に共存とか言っても、それは自然と共存できる能力は私たちにはありませんでした。と言ってしまっているようなものでしょう。実際に魂をぬかれたような林も街の中にありますし。

帯広は、昭和20年代には身近な森が無くなって、ふれあう必要がほとんど無くなってしまったところです。帯広の人は自分で思っているよりもずっと自然が無いところで暮らしています。これは自分が十数回引っ越しをして来た経験から断言できます。

帯広の森」はそんな一度切れかけている人間社会と自然との妥協点の高い共存のための学習の場だと思っています。森づくりを苗木のがんばりだけに任せてしまって、人間はもっぱらもやし程度に再生して来た「帯広の森」を消費してしまっている…のかもしれない、という危機感が欲しいなぁ。学習しないことは消費と同じだと思います。